大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)7386号 判決

原告

松永尊則

被告

有限会社義川鉄筋工業

ほか二名

主文

一  被告らは各自原告に対し金六八万四九五七円およびこれに対し被告有限会社義川鉄筋工業は昭和五一年九月二日から、被告梅本勇は昭和五〇年七月三一日から、被告佐藤英雄は昭和五二年四月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決第一項は、かりに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

(一)  被告らは各自原告に対して金二三五万六七九七円およびこれに対し被告有限会社義川鉄筋工業は昭和五一年九月二日から、被告梅本勇は昭和五〇年七月三一日から、被告佐藤英雄は昭和五二年四月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二  被告有限会社義川鉄筋工業、同梅本勇

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

(一)  日時 昭和四九年五月二二日午後三時三五分頃

(二)  場所 千葉県市川市湊町五三二先交差点

(三)  加害車両 普通貨物自動車(足立四四は九五八七号、以下、被告車という。)

右運転者 被告佐藤英雄(以下、単に被告佐藤という。)

(四)  被害車両 大型貨物自動車(ダンプカー、足立一一や四五二四号、以下、原告車という。)

右運転者 原告の被用者である訴外野口誠(以下、訴外野口という。)

(五)  態様 前記場所を南行徳方面から高浜町方面に向つて進行中の原告車と行徳駅方面から千鳥町方面に向つて進行中の被告車が衝突して原告車が破損したもの。

二  責任原因

(一)  被告佐藤は無免許で被告車を運転して前記交差点に差しかかつた際、前記場所は見とおしの悪い交差点であり、自己の進行する道路には優先道路の指定はなかつたのであるから、徐行して左右の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、自己の進路が優先道路であると誤信して時速四〇キロメートルの速度のまま漫然進行した過失によつて本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告有限会社義川鉄筋工業(以下、単に被告会社という。)は土木建築等の事業を営む有限会社であり、被告佐藤は被告会社が元請人、被告梅本勇(以下、単に被告梅本という。)が下請人として施行していた市川市行徳所在の工事現場において被告梅本の従業員として被告会社の指揮監督下で鉄筋工事に従事していたものであるところ、前日右現場で受傷した傷の治療のため作業時間中に右現場においてあつた被告会社所有の被告車を運転して病院に行き、治療を受けて病院から現場に帰る途中で前記過失によつて本件事故を惹起したものであるから、被告会社は民法七一五条に基づいて本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(三)  被告梅本は被告佐藤の使用者であるところ、本件事故は被告佐藤が前記のような事情および過失によつて惹起させたもので、被告梅本の事業の執行について惹起させた不法行為であるから、被告梅本は民法七一五条に基き本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  原告車修理代 一七四万三一九〇円

原告は原告車の所有者であるところ、本件事故によつて破損した原告車を訴外黒部工業株式会社に修理させ、修理代として一七四万三一九〇円を支払つた。

(二)  休車損害 五六万八六〇七円

原告は「松本土木」なる名称で運送業を営み、本件事故当時訴外有限会社マルモ興業、同信洋開発有限会社、同浦安土建こと森田富久との間で継続的な山砂、赤土等の運送契約を締結し、原告車の運行により一日当り四万円の運賃収入を得ていたところ、原告車は本件事故による破損の修理のため昭和四九年五月二二日から同年六月二四日まで三四日間使用することができなかつた。しかし、右期間のうち五月二二日には既に二万円の運賃収入を得ており、六月二日および一六日は休日、六月五日、六日、一四日、一八日、二三日および二四日は雨天、六月八日および九日は慰安旅行のため原告車を運行することができない日であつたから、本件事故のために運行不能となつた日数は二四日間であり、その間に九四万円の運賃収入を失つたことになるところ、右運賃収入を得るためには人件費、燃料費、オイル交換費、エレメント交換費、タイヤ消耗代、タイヤ修理費等として三七万一三九三円の経費を要するので、これを差し引くと五六万八六〇七円の休車損害を蒙つたことになる。

(三)  原告車運転手に対する休業補償費 四万五〇〇〇円

原告は原告車の運転手である訴外野口に対し原告車の修理期間中、同人が実際に稼働した日、休日、慰安旅行日および故障如何にかかわらず運行不能な雨天の日を除く一五日間について一日三〇〇〇円の割合による四万五〇〇〇円の休業補償を行い、同額の損害を蒙つた。

三  結び

よつて、原告は被告ら各自に対し二三五万六七九七円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日(被告会社については昭和五一年九月二日、被告梅本については昭和五〇年七月三一日、被告佐藤については昭和五二年四月二八日)から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告会社の認否

一  請求原因第一項は認める。

二  請求原因第二項のうち、被告会社が建築業者であり、被告梅本が被告会社の下請として原告主張の工事現場で作業中であつたこと、および被告佐藤が被告会社所有の被告車を持ち出して運転中であつたことは認めるが、その余は争う。

三  請求原因第三項のうち、原告車が原告の所有であることは認めるが、その余は争う。

第四請求原因に対する被告梅本の認否および抗弁

一  認否

(一)  請求原因第一項は認める。

(二)  請求原因第二項のうち、被告佐藤が被告梅本の従業員であること、および被告佐藤が原告主張の現場で受傷し、本件事故はその受傷の治療のために病院に行つた帰りに起きたものであることは認めるが、被告佐藤の過失および被告佐藤が被告梅本の事業の執行について被告車を運転中であつたことは否認する。

(三)  請求原因第三項は不知。

二  抗弁

かりに、被告梅本に責任があるとしても、本件事故現場は優先順位のない道路が交差している見とおしの悪い交差点であるところ、被告車の進行した道路は幅員一六メートルで通行車両も多いのに対し、原告車が進行した道路は幅員一〇メートルと狭くて通行車両も比較的少く、しかも、原告車は一〇トン積の大型ダンプカーで砂を満載し急停車できるような状態ではなかつたのであるから、訴外野口は本件交差点の手前で一時停止するか停止寸前に近い徐行をしなければ同交差点に左右から進行してくる車両と衝突する危険性が極めて大であつたのに、時速約五〇キロメートルで進行してきて無謀にも速度を少し落した程度で交差点に突入したため、たまたま左側から進行してきた被告車を発見するも急停止することができず、原告車を発見した被告佐藤が急制動をかけてほとんど停止に近い状態にあつた被告車に原告車を衝突させ、さらに二九メートル進行して側溝にはまつて停止したものであり、訴外野口の右過失と比較すると被告佐藤の過失は極めて小さいものである。

第五被告梅本の抗弁に対する原告の認否

本件交差点が見とおしの悪い交差点で交差する道路に優先順位がなく、各道路の幅員が被告梅本主張のとおりであること、および原告車が一〇トン積の大型ダンプカーで砂を満載していたことは認めるが、その余は争う。

第六被告佐藤

被告佐藤は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第七証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

原告と被告会社および被告梅本との間では請求原因第一項の事実は当事者間に争いがなく、右当事者間においては成立に争いがなく、被告佐藤に対する関係では取寄にかかる刑事記録であるから真正に成立したものと認められる甲第三ないし一三号証によれば請求原因第一項記載の事実を認めることができる。

二  責任原因

(一)  前掲甲第三ないし一三号証を総合すると

(1)  本件事故現場は行徳駅方面から千鳥町方面に通ずる総幅員一六メートルで二車線一〇・四メートルの車道の両側に幅二・八メートルの路側帯があるアスフアルト舗装道路(以下、甲道路という。)と、南行徳方面から高浜町方面に通ずる総幅員一〇メートルで二車線六・二メートルの車道の両側に幅二・五メートルと一・三メートルの路側帯があるアスフアルト舗装道路(以下、乙道路という。)が交差する交通整理の行われていない交差点であり、甲道路を行徳駅方面から千鳥町方面に進行した場合は右方に、乙道路を南行徳方面から高浜町方面に向つて進行した場合は左方に高さ二・二メートルのガソリンスタンドの塀があつて見とおしの悪い交差点となつており、甲乙両道路のいずれにも道路標示等による優先道路の指定はなされていないこと、

(2)  被告佐藤は被告車を運転して時速約四〇キロメートルの速度で甲道路を行徳駅方面から千鳥町方面に向つて進行してきて本件交差点に差しかかり同交差点を通過しようとしたが、甲道路の方が交差道路である乙道路よりも幅員が広かつたところから、自己の進行する道路が優先道路であると誤信して減速、徐行等の措置をとることなくそのままの速度で交差点を通過しようとして交差点の直前付近まで進行したとき、右方道路から原告車が交差点に進入しようとしているのを発見して突嗟にブレーキをかけたが間に合わず、交差点中央付近で被告車右前部と原告車左前部が衝突し、その衝撃で被告車は半回転して交差点角で停止したこと、

(3)  訴外野口は原告車を運転して時速約五〇キロメートルの速度で乙道路を南行徳方面から高浜町方面に向つて進行してきて本件交差点に差しかかり交差点の三〇メートル位手前で排気ブレーキのボタンを押して時速四〇キロメートル位に減速したが、右方道路から進行してくる車両はなく、交通閑散であつたのに気を許しそのままの速度で交差点を通過しようとして交差点の直前付近まで進行したとき、左方道路から交差点に進入してくる被告車を認め、急ブレーキをかけたが間に合わず、原告車左前部を被告車右前部に衝突させ、衝突後原告車は約二九メートル暴走して道路右側の側溝に落ちて停止したこと、

(4)  原告車は一一トン積大型貨物自動車(ダンプカー)で、事故当時荷台に砂を満載しており、被告車は普通貨物自動車ニツサンサニーバンであること、また、被告佐藤は当時自動二輪の運転免許を有していたが、普通免許は有していなかつたこと、

以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、本件事故発生については、訴外野口にも見とおしの悪い本件交差点を通過するに際して徐行を怠り時速約四〇キロメートルの速度で交差点を通過しようとした過失があつたものと認められるが、被告佐藤にも本件交差点を通過するに際して自己の進行する道路は優先道路であると誤信して徐行をせず時速約四〇キロメートルの速度で交差点を通過しようとした過失があつたことが明らかである。

そうすると、被告佐藤は民法七〇九条に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告会社が建築業者であり、被告梅本が市川市行徳所在の工事現場で被告会社の下請として作業中であつたことは原告と被告会社との間では争いがなく、前掲甲第七、八号証、被告会社代表者尋問の結果および弁論の全趣旨によると、被告会社は建築工事のうちの鉄筋工事を主に施行している従業員六・七人の小規模な建築業者で、受注した工事のほとんどは下請に出して施工しており、被告梅本には昭和四七年頃から継続的に自社で請負つた鉄筋工事の下請をさせていること、被告佐藤は被告梅本の被用者であるが、被告会社が請負つた工事現場で下請業者である被告梅本の従業員として二年以上働いていて被告会社に勤務しているという意識さえもつていたものであり、本件事故当日も被告梅本の従業員として前記工事現場で就労中であつたところ、前日同工事現場で受傷した傷の治療のため工事現場にキイをつけたまま置いてあつた被告会社所有の被告車を現場にいた被告会社代表者に無断で運転して病院に行き、その帰りに本件事故を惹起したこと、および、被告会社代表者は被告佐藤が本件事故で受傷したということを当日夜聞いて直ちに病院に見舞に行つていることが認められる。

なお、被告会社代表者は、被告会社は元請の建築業者から直接下請した場合はさらに下請に出した場合にも社員等を現場に派遣してその指揮監督のもとに施工させているが、前記工事は仲間の鉄筋工事業者からまわしてもらつた工事を被告梅本にまわしたものであるから、工事の監督は右の鉄筋工事業者がしており、被告会社からは誰も現場には行つていなかつたという趣旨の供述をしているが、前掲甲第七号証の記載内容と対比し、さらに、被告車が工事現場に置かれていた事情について、同人は被告梅本が被告会社の工場から無断で持ち出したかのような供述をしているものの、何故どのようにして持ち出したかについては同人から説明を受けていないと述べたり、また、被告佐藤は永年被告会社の現場で働いており、本件事故で被告佐藤が受傷したのを聞くとすぐ見舞にも行つている程であるのに被告佐藤については顔は知つているが住所も何も知らないと述べている等の不自然な内容の供述をしている点を考慮すると前記供述は措信し難く、他に前認定を覆すにたりる証拠はない。

右認定事実によると、被告佐藤は被告梅本の被用者であるが、被告会社の指揮監督関係は直接または被告梅本を通じて被告佐藤におよんでいたものと推認され、また、被告佐藤の運転は就労時間中に業務上受傷した傷の治療に行くためであつて被告会社の事業の執行と密接に関連しているので、本件事故は被告佐藤が被告会社の事業を執行するについて前認定の過失によつて惹起させたものということができるから、被告会社は民法七一五条一項に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

(三)  被告佐藤が被告梅本の被用者であり、被告佐藤は被告梅本の業務である鉄筋工事に従事中に受傷した傷の治療に行くために被告車を運転したものであり、事故当時就労時間中であつたことは前認定のとおりであるから、本件事故は被告佐藤が被告梅本の事業を執行するについて惹起させたものというべきであり、したがつて、被告梅本は民法七一五条一項に基づき本件事故によつて原告が受けた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  原告車修理代 一七四万三一九〇円

原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第二号証の一、二、同第一四号証および同尋問結果によると、原告は本件事故によつて破損した原告車を黒部工業株式会社で修理して同会社に修理代として一七四万三一九〇円を支払い、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(二)  休車損害 五四万円

原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第一号証の一ないし三および同尋問結果ならびに弁論の全趣旨によると、原告は本件事故当時、有限会社マルモ興業、信洋開発有限会社および浦安土建こと森田富久との間で山砂、赤土等の残土搬出のための継続的な運搬契約を締結し、原告車ほか一台計二台のダンプカーを使用して一台で一日平均四回土砂を搬出し、搬出料もしくは搬出した土砂の売却代とし一台につき一日平均四万円の収入を得ていたところ、本件事故により原告車が破損してその修理のために昭和四九年六月二四日まで三四日間使用不能となり、その間の得べかりし収入を失つたが、事故当日既に二回運行して二万円の収入を得ており、また、右使用不能期間中には休日が二日、雨天が六日、慰安旅行が二日あつて、これらの日は原告車の故障如何にかかわらず運行をしない日であつたので、結局、原告は本件事故による原告車の運行不能により九四万円の収入を失つたことになること、そして、右収入を得るためには人件費、燃料費、オイル交換費、エレメント交換費、タイヤ消耗代、タイヤ修理費として三七万一三九三円程度の経費を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によると、原告車を運行するためには右経費のほかに相当額の修理費が必要であると思われる点を考慮しても、原告は本件事故による原告車の破損によつて五四万円を下らない休車損害を蒙つたものと認められる。

なお、原告は原告車の休業期間中に原告車の運転手である訴外野口に支払つた休業補償額四万五〇〇〇円も本件事故による損害である旨主張しているが、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告は同人に対し残土搬出の回数が一日三回までのときは五〇〇〇円とし、四回以上のときは一回につき五〇〇〇円宛加算するという約束で賃金を支払つており、雨天等で現実に作業ができなかつたときも固定給等の支払はしていなかつたことが認められ、右事実に前認定のとおり本件事故発生については訴外野口にも過失があるという点を併せ考えると、原告が主張のとおりの休業補償をしたとしても、右休業補償は義務的なものとは認められないので、本件事故と相当因果関係のある損害とはいい難い。

四  過失相殺

本件事故発生については原告の被用者である訴外野口にも過失のあることは前認定のとおりであるから、同人の過失は被害者側の過失として損害賠償額を定めるに当つて斟酌すべきであるところ、前認定の同人の過失の内容、事故態様、道路状況、原告車の車種、積載量、積荷の量、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告が被告らに賠償を求め得る額は前項の損害額から七割を減じた額とするのが相当である。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は被告ら各自に対し六八万四九五七円およびこれに対する記録上明らかな訴状送達の日の翌日、すなわち被告会社については昭和五一年九月二日、被告梅本については昭和五〇年七月三一日、被告佐藤については昭和五二年四月二八日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 笠井昇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例